東京高等裁判所 昭和27年(う)2648号 判決
被告人 林啓一郎
〔抄 録〕
一件記録及び原裁判所の取り調べた証拠物によれば、本件において塩沢町農業協同組合が借受人甲名義で貸し付けた金百万円は甲個人の用途に使用されるものではなく、同人が役員をしていたU蚕糸株式会社がこれを使用するものであつたこと、そして右の事情は当時組合の役員であつた被告人らがいずれもこれを承知していたことは明らかであり、しかも、この場合甲が借受人となつたのは、非組合員である前記会社が直接組合より借り入れることは許されないため、同會社の役員であつて同時に前記協同組合の組合員である甲が一旦これを組合より借りうけた上さらに会社に貸し付ける形式をとつたものであることも認めるに足りるのである。そこで、論旨は、本件の貸借は真実は組合と会社との間に成立したものであつて、甲を借受人としたのは単に仮装のものにすぎないと主張する。しかしながら、以上のような事実関係にあつたとしても、それで直ちに組合と甲との間の貸借が仮装のものであるとは断定できない。実質上他人が使用する金銭であつても、法律上は自己が借主となり自己の責任においてこれを借り受けて他人に使わせるということはいくらも例のあることであつて、この場合は貸借関係は明らかにその者との間に有効に成立しているのである。従つてそれが仮装のものであるというためには、当事者間において、その貸借契約に基く法律上の効果を一切その借受名義人に生ぜしめないことの明示又は黙示の了解があるのでなければならない。しかるに、本件において原裁判所及び当裁判所の取り調べたすべての証拠によつても、前記貸借における甲の地位が右に述べたような仮装のものであるとの心証を生ぜしめるには足りないのである。なるほどこれらの証拠によると、本件貸借の事情が前記のようなもので一種微妙な関係にあつたことから、当事者において漠然と会社も組合に対して責任があるように考え、あるいは組合側から会社に対して直接に請求をしたり、また会社から組合に利息を持参したこともないではないようである。けれども、これは法律家でない者としては以上のような事情の下においては無理からぬところがあるのであつて、それならば甲は本件貸借につき単に名義を貸しただけで組合としては同人に対しなんらの請求をすることもできないのかと開き直られれば必ずしもそうだとはいい切れない気持であつたことが窺われるのである。本件各証拠中には甲が単なる名義人にすぎないような供述も散見するのであるが、これらの供述もその意味で必ずしも言葉どおりに解釈するわけには行かないところがあるのであつて、原判決が「前記各供述はいずれも貸付金の使途と貸借の相手方とを混同したものであつて未だ敍上認定を覆すに足る証拠とすることは出来ない」と説明したのも結局これと同趣旨のことを言つたものと解されるのである。これを要するに本件における貸借は法律的には一応組合と甲との間に成立したものと認むべきであり、従つて非組合員たる会社に対し金員を貸し付けたという事実を訴因とする本件はその犯罪の証明がないといわなければならない。従つて原判決には所論のように採証の法則に違反した違法があるということもできず、また理由不備、事実誤認も存しないというべきであるから、論旨は理由がない。